大相撲が抱える問題は「年寄株」の利権と外国人差別


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白鵬はなぜ過剰に叩かれるのか?世間と報道がつくる「大相撲の虚像」
ⓒ現代ビジネス 2018.1.18 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54162

「不祥事言及なし」は大歓迎

大相撲初場所、初日。

国技館の出入り口付近は、例によって力士の入り待ちのお客さんたちでひしめいている。

また一段と女性の割合が多くなっている印象。稀勢の里ブームのころはおじさんも多かったが、この日は私の感覚では7割以上が女性だった。

いつもと違うのは、その周辺にメディア、特にテレビ局のカメラがうろうろしていて、相撲ファンたちにインタビューしていることだ。

「いい加減、落ち着いて相撲を見たいです」と答える女性の声が聞こえてくる。

館内に入っても、女性のお客さんが目立つ。場所を追うごとに女性率は上がっている気がする。

かくいう私も、スー女(相撲ファンの女性)仲間と観戦に来た。

メディアは注目しているだろう八角理事長の年頭の挨拶は、一連の「不祥事」には触れなかった。

「どうせ明日のメディアは、謝罪がなかったって書き立てるんだろね」
「謝罪すればしたで、何か足りないって叱るんだよ」
「謝罪しても批判、しなくても批判」

こういう会話ができることが、何よりも気を楽にしてくれる。

そして見事に翌日の新聞は「謝罪がない」と叱っていた。私の購読している朝日新聞の見出しは、「不祥事言及なし」「満員の国技館 決意語らぬとは」だった。

しかし、私たちファンの間では、不祥事に触れなかったことは大歓迎だった。

なにしろ、2ヵ月の間、毎日毎日、大半はどうでもいい相撲バッシングのニュースを見聞きさせられ続け、ファンもひどく傷ついてきたのだから。

初日の今日はもうそんなことから離れて相撲を純粋に楽しみたい、という気分で、わざわざお金と労力をかけて国技館に来ているのである。

「世間」が要求する「反省」など、もうたくさん。

すでに一連の処分は出たのだし、これから外部の有識者によって再発防止の改善策を検討していくのだから、場所中は相撲に集中して当然なのだ。

相撲ファンがつらくなったのは、日馬富士が力士の中でも人権意識が高く、障害者を支援する施設を運営したり、医療支援活動に積極的だったり、日本の大学院で法律を学んだり、子どもや高齢者に優しいことを、よく知っているからだ。

そんな力士でさえ、後輩の指導のためについ暴力を振るってしまうほど、相撲にまだ暴力の文化が根強く残っていることが、残念であり悔しいのだ

そして事件を防げないという形で関わったとはいえ、白鵬がその後、相撲界のネガティブな要素の代表のように報じられ、ヘイトスピーチまがいの言葉で罵られることに私たちは怒り、悲しみ、やるせない思いになった。

それは、白鵬が2007年から11年に渡る大相撲危機の時代を支えたというだけでなく、解雇された力士をケアしたり、冤罪で解雇されて裁判で復帰を勝ち取った蒼国来にまず稽古をつけたり、子どものための白鵬杯を毎年開いて相撲文化の裾野を広げたり、力士会の会長として労働環境の改善に尽力したりと、広い目配りと気遣いで、力士やファンを大切にしてきたことを知っているからだ。

だが、普段、相撲に接していない人たちには、そのような行いや人柄は顧みられない。メディアの作り上げる、傲慢な者同士のいがみ合いという、事実と離れた物語を鵜呑みにするばかりだ。

横綱は寡黙でいるべき、という虚しい理想像

虚実ない交ぜの差別的な報道を繰り返したのは、週刊誌やテレビのワイドショー的な番組だが、私は一般紙のスポーツ面の責任も小さくないと思っている。

例えば、昨年11月30日付の朝日新聞では、事件を総括する記事で、白鵬が九州場所の千秋楽にインタビューの後で「日馬富士関と貴ノ岩関を再びこの土俵に上げてあげたい」と述べ、万歳をしたことを指して、相撲協会のガバナンスに問題があり、「白鵬の言動にも歯止めをかけきれない」とした。

だが相撲ファンの私には、協会のガバナンスに問題があって真相解明できずに迷走しているから、白鵬はあのような発言に及ぶことになったんじゃないか、あれはファンと力士のための発言だろう、と思えた。

白鵬についてファンの目線に立ってみることをせず、まるで横綱審議委員会でもあるかのような目線の高い批判を繰り広げることで、差別主義者たちによる白鵬バッシングを招くことになった責任の一端を、一般紙のスポーツ面は負ったと思う。

それは初場所初日についての報道にも現れている。

いつもより多い報道陣が注視していたのは、白鵬が立ち合いに張り差しをするかどうかだった。1月15日の朝日新聞は、「結びの仕切りの間、観客から『かちあげはダメだぞ』『張り手もだ』と声が飛んだ」と書いている。購読している朝日新聞の例ばかりになるが、他紙も同様である

むろん、そのような観客もいただろう。だが、私の実感では、そんなことはどうでもよくていい相撲が見たい、と思っている人のほうが多かったと思う。

なぜなら館内の白鵬の声援は厚く、白鵬ファンで張り差しはいけないと思っている人はごく少数だからである。

白鵬ファンからすれば、不祥事の中で横綱審議委員会から不祥事と無関係の取り口の注文をつけられたのは言いがかりだ、という気分のほうが強い。

その気分に根拠があることは、少しずつ証明されている。

二子山親方や藤島親方など、白鵬の張り差しは特に問題ない、と語る親方もいるし、2日目のNHKのテレビ中継では、藤井康生アナウンサーが「張り手と張り差しは区別していく必要があるかもしれませんね」と語り、解説の舞の海さんも、張り差しは過去の横綱も普通にしていた技で一緒くたにされてはたまりませんね、と同意していた。

また、境川親方は3日目のNHKテレビ中継の解説で、白鵬のカチ上げは肘打ちであってカチ上げではない、批判されているのはその点だということを理解してほしい、と述べている。つまり、張り差しは問題ないということになる。

私が言いたいのは、横綱が張り差しをすることが本当にいけないのか、その前提を検討することもなく、横綱審議委員会が苦言を呈したからといってそのまま白鵬批判の理由にしていいのか、ということである。

場所が始まってから、張り差し自体が悪いわけではない、と急にいろいろな親方が言い出すなんて、この競技にきちんとしたルールはあるのか、と問いたくなる。

専門家であるスポーツ面の相撲担当記者こそが、本当はその恣意性を問題視すべきではないのか。

白鵬が自分の過ち以上に過剰に叩かれ続けるのは、白鵬が相撲界では極めて異例な、物言う横綱だからだろう

これまでその言動が物議を醸し、差別を受けてきたのは、小錦、朝青龍、白鵬と、いずれも物言う外国人力士である。

力士、特に横綱は寡黙でいるべきだというのは、もはや過去の日本男性の虚しい理想像にすぎない

相撲協会にも相撲記者にも、現代にふさわしい相撲の姿を最も熱心に考え試行錯誤している白鵬と、もっとともに文化を作り上げる姿勢を取ってほしい。

スカパー!

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by hageguma | 2018-01-19 17:05 | 読み物 | Comments(0)

池田市民の会/池田市民共闘/池田支部


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