中上健次 路地が孕み、路地が産んだ子供も同然のまま育った…

?読売新聞 2017年05月15日 09時30分 http://www.yomiuri.co.jp/life/travel/meigen/20170515-OYT8T50018.html
中上健次「腕の力を入れた分だけ…」

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路地から生まれた文章

腕の力を入れた分だけ、スコップは土をすくいあげる。なにもかも正直だった。(「岬」より)


 「岬」で戦後生まれ初の芥川賞を29歳で受けた中上健次は、その登場から伝説的だった。記者会見場にへべれけで現れ、「人間は人としてある。その生活をぶつけるほか仕方がない。どうだ?」と記者をにらみ、「肉体労働でメシを食うのが男の生き方。あなたがたは大学を出てものを書いているが、それはウソの生活だ」と啖呵たんかを切った。

 生地を「路地」と呼び、土木作業に従事する秋幸という出自が複雑な男の青春を書いた小説は、経済成長の一方で日本が置き忘れた差別の痛みや肉体の健やかさを文章に刻み、鮮烈だった。100キロ近くの巨漢は小説からはみ出してきたようで、晩年に会ったときも、「おれは作家だよ」と記者にすごみ、新宿での喧嘩けんか沙汰でも知られる荒ぶる人だった。

 しかし、和歌山県新宮市の同級生らは、彼の文才は知っていても、武勇伝は信じられないと口をそろえる。中学、高校が同じだった松本巌さん(70)は「体格はよかったが、無口でおとなしく、合唱部でした。相撲の試合に駆り出されても小さな子に負けていた」と思い返す。小説の秋幸は、18歳から土木作業に従事するが、現実の中上は高校卒業と同時に上京、新宿の「ジャズ喫茶」を拠点にしながら小説を同人誌に発表していた。生活費は親がかりで、同級生の大江真理さん(70)はその頃、「わがで(自分で)稼げるようになったら認めたるわ」と中上を怒った。秋幸を、人間の心のように複雑な「綾あや」のない、土を掘る労働者にしたのは「憧れでは」と大江さんは語る。


 それでも以降の行動はけた外れだった。「路地」と呼んだ地区などを歩き回り、「紀州 木の国・根の国物語」にまとめ、解体されゆく「路地」を撮影し、韓国、米国などを歩き、世界から故郷を見つめ、「隠国こもりく・熊野」の熱を描いた。亡くなる年には「また秋幸が動きだしている」と語り、46年の生涯を走り抜けた。
 中上は生前「文章は肉体だよ」と語っている。スコップのかわりにペンで現実をえぐり、荒ぶる熊野の神話をつくり続けた中上にとって、「岬」はその原点だった。(文・鵜飼哲夫 写真・佐々木紀明)

中上健次  1946年、和歌山県生まれ。新宮高校卒業後、上京。秋幸を主人公にした「岬」「枯木灘」「地の果て 至上の時」など、「紀州サーガ」と呼ばれる濃密な作品を発表。「青春の殺人者」(長谷川和彦監督)「 あか い髪の女」( 神代辰巳 くましろたつみ 監督)など映画化された作品も多い。92年、46歳のとき、和歌山県内の病院で死去。今年が没後25年で、小学館からは全21巻の「中上健次電子全集」を配信中。「岬」は文春文庫でも読める。妻は作家、 紀和鏡 きわきょう さん、長女は作家の中上 のり さん。

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by hageguma | 2017-05-17 21:51 | 読み物 | Comments(0)