黙祷 泥憲和氏 南無阿弥陀仏、共に浄土に見えん。

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平和活動家の泥憲和さん死去 元自衛隊員で安保法に反対

ⓒ朝日新聞 2017年5月3日20時44分 http://www.asahi.com/articles/ASK534K0NK53PIHB00F.html

 泥憲和さん(どろ・のりかず=平和活動家、元陸上自衛隊員)が3日、急性腎不全で死去した。63歳だった。葬儀は4日午後1時から兵庫県姫路市本町68の101のしらさぎ大和会館で。喪主は妻典子(みちこ)さん。

 元自衛隊員の立場から、集団的の行使や安全保障関連法などに反対する意見を発信していた。


【私の浄土真宗】① 2017.4.15 ⓒ泥憲和氏のFaceBookより

 「苦痛に満ちた世界」を書き始めた動機は、今から書くようなことを書こうと思ったからでした。
 浄土真宗門徒である自分にとって「なむあみだぶつ」とは何かというテーマです。
 でもややこしい話になるので、途中で方向転換してしまいました。
 もう一度改めてチャレンジします。自分を見つめるためにも必要かと思ったからです。
 あんまり抹香臭い話にはなりそうもありません。
 僧職の方から叱られそうな、勝手な思い込みばかり書くかもしれませんけどね~。
 さて、何回連載になるんだろう・・・。

◆自然は苦痛に満ちている

 「自然界における一年あたりの苦痛の総量は、正気で考えられる量をはるかに越えている。
 私がこの文章を考えている瞬間にも、何千もの動物が生きたまま食われているし、恐怖に駆られながら命からがら逃げている動物もいるだろうし、体の内部からいまわしい寄生虫に徐々にむさぼり食われているものもいる。
 また、あらゆる種類の何千という動物が飢えや渇きや病気で死につつあるのだ。そうにちがいない。
 たとえ豊穣のときがあるにしても、それは自動的に個体数の増加につながり、結局は飢餓と悲惨という自然状態に戻るのである。」
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 「自然は親切でもないし、不親切でもないのだ。苦痛に反対でも賛成でもない。いずれにせよ、自然はDNAの生き残りに影響をおよぼさないかぎり、苦しみには関心がない。」
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 『利己的遺伝子』で有名な、リチャード・ドーキンスの文章です。
 なんと無慈悲で血も涙もない、無味乾燥な哲学だろうと嘆かれる方もおられるでしょうが、私はドーキンスに共感します。
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◆この世に神は存在しない
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 私は神を信じません。
 この世界に安定と秩序と幸福をもたらす神(のようなもの)がいるなら、他の動物を食わなければ生きていけない動物と、むざむざと食われる動物を同時に存在させるなんて、正気の沙汰とは思えないからです
 ヒメバチのメスは犠牲者の虫に針を刺して、麻痺させます。そしてその体に卵を産み付けます。獲物を殺したら肉が腐ってしまいますが、卵からかえった幼虫は、生きたままの新鮮な肉を内部からむさぼることができます。やがて大きくなった幼虫は、犠牲者の体を食い破って出てきます。こんな無慈悲な本能を持った生き物を慈悲深い神が造ったなんて、どうして信じられるでしょうか。
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◆釈迦の教え「諸法無我」とは
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 私は浄土真宗の門徒で、仏教徒です。
 仏教は創造神を認めません。
 世界は誰かが造ったのではなく、おのずからなる存在だというのです。
 私はこの考えに共感します

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 釈尊の唱えた大切な教えに、「諸法無我」というものがあります。
 「諸法無我」の「法」、原文は「ダンマ」。
 「自然の法則」とか「決まり」とか「あるべき姿」を指す言葉です。自然現象もダンマというそうです
 あらゆる法則という意味でしょうね。
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 「我」のパーリ語はアートマン。
(パーリ語ではなくサンスクリット語であるとコメントで教えていただきました。そのように読み替えてください)
 人間の根源にある本質的自我のことです。

 あらゆる法則には主体的自我がない。
 自然の原理には目的や意思などなく、善悪もなければ決まりきった不変の性質もなく、執着もないということだと思います。
 自然は人間の都合と無関係に、自然としてただあるがままに存在するだけ

 なんと、ドーキンスの「自然は親切でもないし、不親切でもないのだ。苦痛に反対でも賛成でもない」につながる思想ではないでしょうか。
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 いやいや、しかしですね、こんなニヒリスティックな考えのどこに救いがあるのでしょうか。
 こんな情け無用の教えを、どうして人は受け入れたのでしょうか。
 そこにはわけがあると思います。
 明日に続きます。

【私の浄土真宗】② 2017.4.16
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◆釈尊が現れるまでのインド社会
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 なぜ仏教がインドで広まったのかを知るには、当時の社会状況を知る必要があります。
 紀元前5世紀以前の古代インドはどのような社会だったでしょうか。.
 そこはバラモン教にもとづいた、厳しい身分社会でした。
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 紀元前1500年頃、インド北西部に馬に乗った白系のアーリア民族が侵入し、騎馬と優秀な武器で有色系先住民を圧倒し、征服して支配しました。
 アーリア人は支配のために厳格な身分秩序をつくりました。
そして支配を確実にし、反抗をおさえ、先住民に対する差別を合理化するために、バラモン教という世界観を考え出して人々に強制し、教化しました。
 社会は上から順番に、バラモン(司祭階級)、クシャトリヤ(戦士・王族階級)、ヴァイシャ(庶民階級)、シュードラ(奴隷階級)、パンチャマ(人間外の人間)に区別され、ヴァイシャ(庶民階級)までは征服者である白系アーリア人が独占しました。
 ドラヴィダ人など多数派の有色系先住民は奴隷か人間外のパンチャマに押し込められました。
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◆バラモン教とはどういう教えなのか
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 司祭バラモンは、奴隷である他民族にいい渡します。
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「お前たちは弱く、黒くて醜く、貧しい。我々は強く、白くて美しく、豊かだ。なぜだかわかるか。それはお前たちが前世で悪いことをした報いを受けているのだ。つぎに良い身分に生まれ変わりたければ、バラモンの教えに従って善い行いをせよ。善い行いとは、すなわち我々に絶対的に服従することだ。従わなければ、来世もまた、いまのような暮らしが続くだろう。これが宇宙の意思である。この世とあの世をつらぬく法則である。この法則から逃れられるものは、一人もいない」
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 人々は奴隷として何百年も貧しく苦しい暮らしにあえぎながらも、こうした教えに身も心もきつく拘束されて、反抗もできませんでした。
 反抗すれば来世もまた同じように見下げられて動物のような暮らしが続くのですから。
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◆新興宗教・仏教の誕生
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 こういう世界に現れた釈迦族のゴータマ・シッタータの教えは、全然違っていました。
「諸行無常である。変わらぬものなどない」
「諸法無我である。宇宙に意思など存在しない。この世とあの世をつらぬく不変の法則も存在しない」
「人は生まれによってバラモンになるのではない。その生き方によってバラモンとなるのである」

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 この教えは人々に希望を与えました
 バラモンの繁栄はいっときのことだ、こんな世の中はいつまでも続かないのだと。バラモンのくびきに繋がれている必要はないのだと。生まれ変わってもまた苦しみが続くなどということはないのだと
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 これは囚われの精神を解き放つ教えであると同時に、当時にあっては社会革新の教えとなりました。
 社会革新がゴータマ・シッタータの意図するところだったか、そこは分かりません。
 けれども、当時はクシャトリア階級が経済力と軍事力を背景にバラモンにとって代わろうとしていて、彼らが釈迦の教説を熱心に取り入れたのは事実です。釈迦もクシャトリアの出身ですね。
 また「この世は諸行無常。何もかも受け入れて心穏やかに暮らせば幸せだよ」というようなあきらめの哲学を説きたいだけなら、ゴータマ・シッタータはあれほど精力的に布教したでしょうか
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 釈尊の新しい教えを歓迎したのはクシャトリアだけではありません。差別され苦しんでいた先住民もまた熱狂的に受け入れました。 
 こうして仏教は急速に広まりました。
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 なるほど。冷たい哲学とみえたものも、時代状況の中では閉塞を打破する力となりえるのですね。
 しかしですね、浄土真宗はアミダ如来を信仰する教えです。
 永遠不滅の、極楽浄土の教えです。
 「諸法無我」じゃないじゃないですか。
 「諸行無常」はどうなったのでしょう。
 釈迦の教えと正反対じゃないですか。
 そこ、どうなんでしょう。
 明日に続きます。

【私の浄土真宗】③ 2017.4.17
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◆釈尊の教えは具体的かつ実践的だった
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 釈迦の教えと正反対に見えるアミダ信仰がどうして仏教の中から生まれ、仏教として受容されたのでしょうか。少し回り道をしながら考えます。
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 お釈迦さまことゴータマ・シッタータはとても実際的な方でした。
 その教えは具体的で現実に即していました。
 こんな逸話が残されています。
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◆ケシの実の話
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 あるところに、子どもを亡くして嘆く母がいました。
 この悲しみを取り除いてくださいという女性に、釈迦は告げました。
「いいだろう。子どもを生き返らせてあげよう。」
 女性の顔がパッと明るくなりました。
「そのために、これまで一人の死者も出したことのない家からケシの実をもらって来なさい。」
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 彼女は子どもを生き返らせようと必死です。
 町中をまわって、足が棒になるまで歩いて探しました。
 けれども、これまで一人の死者も出したことのない家が見つかりません。
 たった一つのケシの実が手に入りません。
 そうやって無駄な努力を重ねる間に、彼女はわかってきました。
 死なない人間はいないという当たり前のことが。
 それはこれまでも頭でわかっていたことでしたが、今は実感として、本当に納得できた。
 「悟った」のですね。
 いつしか、彼女から、苦悩が取り去られていました

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 彼女が悩み苦しんでいる時、「人間は必ず死ぬのだ」と当たり前のことを告げても、彼女は納得しなかったと思います。
「そんなことはわかっている、わかっていても苦しいのだ」と答えたでしょう。
 こういうのが釈尊の教え方で、本来、悟りにマニュアルはないのです。
 ですから、時と所により、教え方はさまざまです。
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◆言葉だけ残された釈尊の教え
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 やがて釈尊は世を去り、言葉だけが弟子たちの記憶に残りました。
 その言葉を失うまいと弟子の手で記録され、後々の時代にまで残されたのが、「スッタニパータ」など、いわゆる原始経典といわれるものです。
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 釈尊は相手によって置かれた状況が変われば説く言葉を変えたので、経典に残された言葉だけとらえれば、ときに矛盾してみえることがあります。
 教条的に解釈すると、まるで別の教えのようです
 また先ほどのケシの実の例でいえば、「子どもを生き返らせてあげよう、ケシの実を集めなさい」という言葉だけを教条化すれば、これは神秘主義、おまじないの世界になってしまいます。
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◆解釈が変化していった釈尊の教え
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 釈尊の時代から何百年もすぎ、時代が変わり、状況が変わりました。
 言葉の持つ臨地性、背景の具体性が失われました。
 シッタータの言葉を純粋思弁的に解釈するようになると、言葉のあれこれを切り取って一面的に強調する風潮が現れ、仏教教団の中に流派のようなものが形成されました。
 一方では、釈尊の頃と時代背景が異なる人に教えの本質を伝えるために、釈尊の言葉からあえて離れることも必要になってきました。
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 こうして仏教教団は、修行者を中心とした上座部仏教と、民衆を中心とした大乗仏教に大きく分かれ、大乗仏教もまたさまざまな流派に分かれ、互いに正統性や優劣を競うようになったのでした。
 浄土門(アミダ信仰)は、こうした流れの中、民衆を中心とした大乗仏教各派のひとつとして生まれました
 明日に続きます。

【私の浄土真宗】④ 2017.4.18
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◆アミダ如来の誕生 その具体性・臨地性
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 釈迦の教えと正反対に見えるアミダ信仰がどうして仏教の中から生まれ、仏教として受容されたのでしょうか。もう少し回り道が続きます。
 まずアミダ如来のことを簡単に説明しなければなりません。
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 アミダ信仰は紀元1世紀ごろの北インドが発祥地だといわれています。
 インドと言っても緯度の高いヒマラヤに近い所で、農業生産性が低くて、いまでも貧しい地域です。
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 アミダ信仰にもとづく経典のひとつ『仏説無量寿経』によれば、アミダ如来はもともと人間であって、すべての人の苦悩を除きたいと決意して修行に入ったといいます。
 修業時代のよび名を法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)といい、彼の決意が、彼自身の言葉として48箇条にまとめられています。
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 「もしも私が悟りを得るとしても、私の国(浄土)に見た目・外見で差別があるようなら、その程度の悟りなら満足できないので、私は悟りを拒否します(意訳)」

 「もしも私が悟りを得るとしても、私の国の人が衣服を望むときに得られなかったり、縫い物や、染め直し、洗濯の必要があるようなら、私は悟りを拒否します(意訳)」
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 微笑ましいほど具体的ですね。
 アミダ信仰がどこから生まれたのかを、これらの決意が示しています。
 見た目の差別(おそらく人種差別)にさらされていた人々、あるいは北インドの冷たい水で手を真っ赤にしながら毎日洗濯をしていた女性たち、照明のない暗い部屋で目を悪くしながらつくろいものに励んでいた女性たちの、現実の苦悩の中から生まれたのです

 アミダ信仰は、最下層の貧しい人々の、悲痛な暮らしから生まれたのです。
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 兆載永劫(ちょうさいようごう)という長い時間をかけた修行の結果、法蔵菩薩がついにそれらの誓いを果たす力を身につけることができたので、悟りを開いて仏(ブッダ)になった名前、それがアミダ如来です。
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◆「弥陀仏は自然のやうをしらせんれうなり」親鸞
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 アミダ如来の極楽浄土といえば、絢爛豪華な宮殿が有名です。
 金色の仏壇は、その宮殿を模したものです。
 死ねばその世界に行けるという思想ですね。
 そういう観念が望まれ、信じられた時代があったことを示しています。
 しかし今日、現代人がそのような浄土観を疑いなく信じられるかといえば、かなりむずかしいでしょう。
 幼稚な迷信扱いされるのがオチだと思います。
 ところで浄土真宗の開祖親鸞は、「弥陀仏は自然(じねん)のやうをしらせんれうなり」と書いています
 「れう(りょう)」とは材料のことです。
 どういう意味でしょうか。親鸞はいいます。
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 「仏について二種の法身があります。
 ひとつには真実の法身といいます。ふたつには方便の法身といいます。
 真実の法身というのは、いろもなく、かたちもありません。
 想像もできないし、ことばにもあらわせません。(意訳)」
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「無上仏というのは、かたちなく存在しています。
 かたちもない存在なので、自然(じねん)というのです。
 (浄土に)かたちがあると示されるときには、無上涅槃(涅槃=浄土)とはいいません。
 かたちもないその様子を教えようとして、弥陀仏といいはじめたと聞き習っております。
 弥陀仏は自然のありようを教えるためのれう(料)なり(意訳)」
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◆アミダ如来も美しい浄土の姿も「もののたとえ」
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 本当の仏、本当の浄土はかたちもなく、想像もおよばない、言葉で言い表すこともできないものであるというのです
 アミダ仏というのは、そういった真実の浄土を知らしめるための材料だというのです。
 浄土の美しい世界、あれはもののたとえだということですね。
 鎌倉時代、すでにこうした冷徹な思想があったことに、ちょっとかなり驚きませんか?
 明日に続きます。

【私の浄土真宗】⑤ 2017.4.19
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◆苦しむ人々の悲痛な声に応えるということ
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 釈迦の教えと正反対に見えるアミダ信仰がどうして仏教の中から生まれ、仏教として受容されたのでしょうか。結論に近づいてきました。
 さて親鸞の「弥陀仏は自然のやうをしらせんれうなり」の話です。
 僧侶は説きます。
 「不変なものは存在しない。固定的な「わたし」さえ存在しないのだ。ありもしない不変のものを追い求めるから苦悩が生じるのだ。すべてをありのままに受け入れて、静やかな安らぎの境地に至ることを涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)といい、これが悟りである。」
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 よくわからないし、仮にこれが教学的に正しくても、納得できない人々が存在します。
 それは生まれてから死ぬまで理不尽に差別され、価値を否定され、苦しい生活を強いられる人々です。「その不条理な人生をも、ありのままに受け入れなさい」といわれて、素直にうなずけるでしょうか
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 「人は平等だと言いながら、差別を受け入れよとは矛盾しているではないか。
 世界は不変ではないというのなら、ではいつ変化するのか、自分の生きているうちに変わらないなら、それは不変と同じことではないか。
 自然には自我や意思がないなら、私の苦しみにも無関心なのか、そんな世界に何の意味があるというのか、滅びたほうがましではないか。
 そのような世界のどこに安らぎがあるというのか、私がほしいのは、考え方次第で楽になるというような気休めではなく、現実の救済なのだ。」

 このような抗議の声が聞こえます。
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◆アミダ信仰は民衆のため息から生まれた
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 こういう生きた民衆の声の中から生まれたのが、アミダ如来だと思います。
 アミータ(無限)、アミータ・アーユス(永遠の命)を語源とする救済の仏(ブッダ)です。
 そこに心を預ければ必ず救ってくれるというブッダが、目に見えない抽象的な哲学ではなく、目に見える信仰の対象として、人格的存在として生きて立ち現れました。
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 人格的存在といってもキリスト教やイスラム教の絶対神と異なって、アミダ如来は人間の歴史に介入しませんし、信じない者を滅ぼすこともありません。
 救いを求める者がいれば包摂し、摂取して捨てないだけです

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 生まれ変わり、死に変わりしながら、苦しみの世界の中を永遠に流転するという悲痛な運命。それを、アミダ如来は断ち切ってくれる。
 その約束を信じることで得られる希望、安心、そして平安。
苦しみの現実は変わらないながら、心の安定を、アミダ信仰がもたらしました

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 「宗教は民衆のため息から生まれた」とマルクスはいいましたが、まさしくアミダ如来もそのように生まれたのです。
 けれども、アミダ信仰は民衆のアヘンにとどまらない力を持っていました。
 ただの気休めに終わりませんでした

 釈迦の教えと正反対に見えるアミダ信仰がどうして仏教の中から生まれ、仏教として受容されたのかという答えもそこにあります。
 それはどういうことか。明日に続きます。

【私の浄土真宗】⑥ 2017.4.20
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釈迦「永遠なものは存在しない」「魂は存在しない」
アミダ信仰「永遠のアミダ如来の、永遠の浄土に魂が安住する」
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 永遠は存在するという思想と存在しないという思想。
 釈迦の教えと正反対に見えるアミダ信仰がどうして仏教の中から生まれ、仏教として受容されたのでしょうか。今回でようやく結論に至ります。
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◆アミダ信仰と縁起の法則
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 釈迦もアミダ信仰も輪廻転生を否定するのは同じです
 深い瞑想でその確信に至るか、アミダ仏を信じてその境地に達するかが違う点ですが、プロセスの違いはあっても、死の恐怖から解放されたいま、死後の罰を恐れる必要がなくなった精神にとって、現実世界さえも違って見えます。
 より能動的にのびのびとした生き方が選択できるのです

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 釈尊の教えに「縁起の法則」があります。
 縁起の法則とは「原因に縁って結果が起きる」という因果論です。
 何物もそれ自体で自立的・孤立的に存在できるものは何一つなくて、あらゆるものは連関し、繋がりあい、原因となり結果となりながら、対立したり支えあって存在しているという思想です。
 アミダ信仰の中で、この縁起の教えが新しい意味を持ち始めました。
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◆アミダ信仰と生き方の転回
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 人がみな相依相関・相互依存の関係にあることに気づくと、苦悩する人々を救いたいと決意した法蔵菩薩の生き方への共感と相まって、積極的な利他の活動、他者のために生きようという人生観が開かれます
 ひとりで生きているのでないなら、またひとり貧しさと苦しさから逃れようとあがいても無駄であるなら、我々は連帯しようという自覚につながります
 原因がなければ結果がないのだから、貧しさや苦しさをもたらしている原因を取り除けばよい。そういった現実革新的人生観への転回の端緒となりえます
 アミダ信仰がそのようにはたらけば、信心はいまや力強く現実に立ち向かう生き方として昇華されていき、生きる力の源となっていきます
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 苦しみからの現実的解放、変革の思想、それは釈尊の教えがもたらしたものと同じです。(【私の浄土真宗】②)
 釈尊もアミダ如来も直接的に社会変革を勧めてはいませんが、その基となる世界観を築いたのです。
 アミダ信仰は一見すると釈尊と正反対に見えて、じつはぐるり一周して、釈尊が説いた教えと同じところに着地したのです。
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◆アミダ信仰と「ケシの実」と
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 アミダ信仰はいわば釈尊が説いた「ケシの実」の教えと同じ性質をもっています。
 【私の浄土真宗③】で書いた「ケシの実」の教えは、言葉だけなぞればまるで神秘主義かおまじないの勧めのようですが、じつは真理に導く巧みな手立て(方便と言います)でした。
 ケシの実は悟りに至るための材料でした。
 一見すれば幼稚な迷信であるかにみえるアミダ信仰ですが、じつは積極的な人生を開く手立てであって、新しい生き方に目を開くための「れう(材料)」なのです
 ケシの実が方便であったのと同じく、アミダ如来もまた方便なのです。
 親鸞が説いたのはそのことだと思います。
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◆相手に合わせて説くということ
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 釈尊が「人は生まれによってバラモンになるのではない。その生き方によってバラモンとなるのである」と語ったのもそうです。
 言葉だけ聞けばあたかもバラモンという存在を肯定しているようでいて、じつは否定していますね。
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 「バラモンは尊い。それはバラモンが正しく生きているからだ」というバラモンが造った固定観念を釈迦は逆利用し、「正しく生きる人がバラモンである。ゆえに尊い」と転倒させて、実際には正しい行いをしていない現実のバラモンをうまく否定してしまった。
 民衆を教化する支配者の力は強いので、バラモンは尊く崇めるべきだと教え込まれて固く信じている人が多数派でした。その人たちに「そんな思い込みは下らない」と言ってしまったら、もう聞く耳を持ってくれなくなります。相手の信じていることをひとまず受け入れて、結果としてはそれをひっくり返してしまう
 じつに現実的で巧みな説き方だと思います。
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 社会変革を志す人は自分の正しさに確信があるせいで、他者の間違いに不寛容なところがあり、相手かまわず「正論という名のこん棒」を振り回す人を見かけます
 こういう点、釈迦から学ぶところが多いのではないでしょうか。
 明日に続きます。

【私の浄土真宗】⑦ 2017.4.22
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◆南無阿弥陀仏と社会変革運動
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 さて、疑問の声が聞こえてきます。
 アミダ信仰は社会変革の力になるというが、現実のお寺はそうなっていないじゃないかと。それどころか坊さんが外車に乗って赤い灯りの街に出かけているじゃないか、なにが社会変革だと
 そうですね。そのあたりを考えてみたいと思います。
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◆お寺の役割とは
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 お寺は救いの教えを伝える場所です。
 ところで世の中をよくするためにとか、他者に役立つためにとはたらくのは、自分が救われるためではありません。死後の恐怖から解放された時点で、救いはすでに受けているのです。そのうえでどう生きるのか、それは個々人が選択すればよいと思います。
 信心は新しい人生観の扉を開くだけ。扉をくぐるかどうかは本人次第なのです。
 救いの条件として、あれをせよ、これをしなさいという教えはないのです
 念仏だって、救われる目的で唱えているのではありません。浄土真宗の念仏は、救われたことに対する報恩感謝の念仏なのです
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 まあ外車で呑みに出かけるご住職が好ましいとは思えませんが、仏教の教えを伝えてくださるという意味では、有難い存在です。説得力があるかないか、それは聞く側が決めればよいことでしょう。
 一向一揆を見ればアミダ信仰が社会変革の力の源泉となるのが分かりますが、そこが教えの根本だ、目的だと言い始めると、間違いになります。
 社会的なことにちっとも目を向けないで、「ありがたい、ありがたい」と、今に感謝して生きる信心も、素晴らしいと思います。
 何かをしなければ救われないといって脅すのは邪義といえるでしょう。ですので、必ずしもお寺が社会変革の拠点になる義務はないと思います。
 もちろん、そういったお寺になって下さるのは、私としては大歓迎ですけれど。
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◆社会変革運動と浄土門の教え
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 他者のために生きる道を、菩薩道と言います。
 菩薩道を極めることで救いの門を開こうという教えを、私たちは聖道門といいます。
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 浄土真宗を含む浄土門は、そういう考えをしません。
 菩薩道など、とてもできない自分がいることを自覚し、自分の頑張りではとても救いの門など開けないことに気づくところから、浄土の救いが始まります
 自分の自発意思で阿弥陀如来を信じて南無阿弥陀仏を唱え、そのことで救いに至るのではなく、阿弥陀如来の側から差し伸べられている救いの手に心を開けば、あちら側の願力で南無阿弥陀仏が口にのぼるのだといわれています
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 そのあたりの教学はともかくとして、社会変革運動も菩薩道の利他行(他人のためにする行い)のひとつでしょう。
 ところが胸に手を当ててみれば、そもそも他人のために何かできるような自分じゃないし、ましてひとさまに向かって偉そうなことなど言える人間じゃないですよね。
全然たいしたことない人間ですよ、自分なんて。
 それでもついつい「我」というものが現れて、偉そうな物言いをしてしまう。

 バカですね。
反省はするのですが長続きしなくて、またやっちゃうというね。
何度も何度もおんなじ過ちを繰り返すんだから、どこまでアホやねん。
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こんな自分は、本来、社会変革運動などという大それた道に踏み出す資格などないのですが、それでも已むに已まれずに声を上げ、足を踏み出す。
こうなると一種の煩悩ですね。これはもう焼かれないと治りません。
この程度に自分というものを自覚していれば、自信過剰のまま突っ走って大間違いをすることは、そうそうなさそうです。
そのあたりの自覚のないのが安倍総理とかあのへんのメンバー…おっとっと、言ったそばからこれだ(笑)
 明日に続きます。

【私の浄土真宗】⑧ 2017.4.23
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◆浄土真宗との出会い
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 私が親鸞に出会ったのは二十代半ばのことでした。
 家が代々の門徒なので法事で『正信偈(しょうしんげ)』などは耳になじんでいましたが、中身は一向に知らないし、「お経」と「偈」の区別もついていませんでした。まあ大半の人がそうでしょね。
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 何がきっかけだったか忘れましたが、ある時ふいに『正信偈』に何が書いてあるのか知りたくなり、漢文を和訳しようと思いついたのです。でも専門用語が多くて、ちっともわかりません。解説書を読んでふむふむと思いながら訳したのですが、正直なところ、がっかりしました。
 仏の教えが書いてあるのかと思いきや、浄土真宗にいたるまでの仏教史というか、真宗は正統な仏教史の中に位置づけられる教えなのだよといっているだけじゃないですか。
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◆『正信偈』に不審を感じる
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 つまらね~と思ってほとんど興味を失いかけたのですが、ひとつ腑に落ちないところがありました。
 『正信偈』に七高僧というのが出てきます。
 釈迦から始まり法然に至るまでの、浄土門の教えを引き継ぎ、深めてきたインドと中国そして日本の高僧のことです。
 『正信偈』に、それら高僧の説が順番に要約されています。
そこに「善導独り仏の正意を明らかにす(善導独明仏正意)」と書いてあるのです。
 これが分からなかった。
 善導だけが釈迦の本当に言いたかったことを明らかにした?
 なにそれ。
 だったら残りの高僧はどうなんだ?釈迦の本意を知らなかったことになるの?
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◆善知識との出会い
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 で、あるとき、法事のあとのお斎の座で、ご院主さんに尋ねてみたのです。
 うちのお寺は照陰山西勝寺といって姫路市の北部近郊、船津町にあり、ご院主さんは代々後藤姓です。
やはり船津出身の武将、後藤又兵衛と血脈を通じているのかな。
 それはともかく、ご院主さんはその場で丁寧に答えてくださいました。なるほどと納得できる答えでした。
 ご院主さんはさらに、寺に来いとおっしゃいます。
 そこで日曜日にお寺に伺ったところ、お前はこれで勉強せいと一冊の分厚い本を差し出されました。
 『真宗聖典』でした。何千円もする高価な本です。
 その本で、私ははじめて『仏説無量寿経』に出会い、親鸞の『教行信証』に出会ったのです。
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◆『仏説無量寿経』 法蔵菩薩に感動
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 親鸞のは学説集だし、専門用語が多いので難しかったです。
 むしろお経の方が説話としてすらすら(ということもないけど)読めました。四字一句でリズムのよい文章が多いしね。
 漢文は、趣味にしていた邪馬台国の方で古代中国の『魏志倭人伝』や『漢書地理志』などを原文で読むことが多かったので、わりと慣れていたのが幸いしました。
 で、法蔵菩薩の説話に出会い、48の決意や『重誓偈(じゅうせいげ)』にちょっと感動してしまったわけです。
 ここを出発点に、真宗の本をいろいろと読みあさることが始まりました。
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 ここまでは、「頭」の接近です。
 知的好奇心からの接近でした。
 まだ「なむあみだぶつ」を唱えるところには行きついていません。
 「心」の方はまた別の出会いがありました。
 明日につづく。

【私の浄土真宗】⑨ 2017.4.24
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◆もう一人の善知識との出会い
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 憲法擁護運動が縁で、一人の僧侶と出会いました。 
 青木敬介さんとおっしゃって、姫路市の隣、揖保郡御津町にある西念寺という本願寺派の寺のご住職です。
 社会運動にも熱心ですが、中年になってから「龍樹 (本名ナーガールジュナ インドの大乗仏教哲学者) がわからんと親鸞が分からん」とか言い始め、学生兼講師として大谷大学に通い、インド哲学を学んだという方です。運のよいことに、とんでもなく偉い人が身近におられたのです。
 この人に私はいろいろとバカな質問をして教えを受けました。
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 たとえば『仏説無量寿経』にこんな法蔵菩薩の誓いが載っています。
 「不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚」(大いなる施主となって もろもろの貧苦を救えないようなら 誓って悟りを開かない)
 私は青木さんにいいました。
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 大施主となって貧苦を救うなんて、それじゃただのお恵みじゃないですか。「不」が「為」にかかっているのだから、「大いなる施主とならずして もろもろの貧苦を救うにあらねば 誓って悟りを開かない」と読むべきではないですか。法蔵菩薩は施主にならず、最下層の人たちと手を組んで貧苦とたたかうぞと仰っているのでは?だってすぐ後に、「閉塞諸悪道 通達善趣門」とあるじゃないですか。社会悪とたたかう意味を含んでませんか?
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 こういうおバカな質問にも、丁寧に答えてくださるのです。私のように読むとすれば「不」が一個足りませんよね(笑)
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◆念仏を始める
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 その青木さんがあるとき、こう仰いました。
 「救いにあずかるにはただ一回の念仏でええとはいうても、空念仏もバカにはでけんのやで」
 そんなもんですかねと、せっかくのお勧めなので心のこもらない念仏をぶつぶつと唱え始めたのは、このときからです。専修念仏ですね。
 恥ずかしいので人に隠れて「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とやっていると、気持ちがあちらにふらふら、こちらにふらふら、余計事ばかりが浮かんできます。まさしく「空念仏」です。それでもいいということなので、何も考えずに「なんまんだぶ」とやっていました。
 青木さんは念仏を日常化する手助けをして下さったのです。やってみて気づいたのは、これは一種の瞑想行だということです。きちんとやれば効果絶大かも知れません。でも私なんかはスカタン念仏だから、全然だめでした。
 この話にはもう一度戻ってきます。その前にもう一人の善知識の話をしなくてはなりません。
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◆法然上人との出会い
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 もう一人の善知識は浄土宗の僧侶でした。
 ミクシーで浄土門の教義を九州在住の門徒さんや島根県の方(お家の宗旨は日蓮宗だそうです)とあれこれと語り合っていたら、「念仏は地獄行きの教えだ」「念仏を唱えるのは口中にくそを入れるようなものだ」と散々なことをいう人が乱入してきたのがきっかけです。本人は熱心な創価学会員のつもりです。
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 その人に対し、サンスクリット語を含めた仏教典の深い学識と、落ち着いた姿勢で淡々と問答して過ちを解きほぐす人が、京都在住の浄土宗の若い僧侶でした。
 その方の勧めで法然の『選択本願念仏集』や浄土宗の『元祖大師御法語』などを読んで、そのクリアな論理と深く広く優しい人間性に圧倒されてしまったのです。
 これは親鸞聖人も惚れるはずだわと、つくづく恐れ入りました。
 そして法然を通じて浄土門の寛容性と、念仏行の意味にあらためて目が開けたのでした。
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 明日に続きます

泥 憲和の息子です。

平成29年5月3日5時32分
泥 憲和 (享年64)永眠 となりました。

SNS等で応援していただいた方々
本当にありがとうございました。

皆様の応援のメッセージにとても力を
頂いていました。
とてもとても頑張っていたのですが
今朝ゆっくりと息を引き取りました。

SNSで報告するのも、如何かと思った
のですが、父らしくていいですよね。

通夜・告別式は下記の日程で執り行います。

通夜:5月3日19時
告別式:5月4日13時
会場:しらさぎ大和会館
喪主:泥 典子



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by hageguma | 2017-05-04 10:50 | 読み物 | Comments(0)